昨年制作した藍色志野のつぼの「かいらぎ」を確かめる酒井さん=土岐市駄知町で

昨年制作した藍色志野のつぼの「かいらぎ」を確かめる酒井さん=土岐市駄知町で

 土の声を聞いて作り出した端正なラインが、下地の藍色と白い釉薬(ゆうやく)のグラデーションを引き立て、緊張感を生み出す。2002年の国際陶磁器フェスティバル美濃のコンペティションで銀賞を獲得した「藍色志野」の花器。柔らかな風合いが特徴のそれまでの志野の概念を覆し、「過去と現在の価値観の素晴らしい融合」と称賛された。

 新たな志野を作り出したのは土岐市駄知町の陶芸家酒井博司(60)。志野との出合いは大学時代。初めて見た多治見市在住の陶芸家加藤孝造(85)の作品に魅了され、1年弱弟子入りした。

 当初は加藤の紅志野を目指した。「同じものをやってもあかんぞ」。ある日、師匠にたしなめられた。悩んでいた時、友人が偶然発した言葉がヒントになり、青色の志野に挑戦することにした。

 釉薬が収縮によって縮れる「かいらぎ」をものにし、青色に合う形を探すため、7年間ほぼ毎日試作に明け暮れた。釉薬がけの途中で作品が崩れたり、窯の中で爆発したりすることもしばしばだった。

 周囲の風当たりも厳しかった。全国の一線の陶芸家が出展する日本伝統工芸展では9年連続で落選。「酒井の志野は志野じゃない」「あんなんじゃだめだ」。漏れ伝わる陶芸家たちのうわさ話が心を打ちのめした。

 フェスは当初から憧れの舞台だった。衝撃的な作品や、地域を挙げた盛り上がりは他の陶芸展とは比べものにならなかった。1998年に初入選した直後から、思うような「かいらぎ」が出せるようになってきた。「次はもっと良いものを出せる」と臨んだ02年のフェスで銀賞に。陶芸展で受賞したのは初めてで、「ただただうれしかった」。自信が付き、批判的だった周囲の目も変わったように感じた。

 長年、フェスの運営に関わる陶芸家中島晴美(69)=恵那市=は、伝統工芸品でも商材としての陶磁器でもない造形や表現の作品に日が当たるようになった変化に注目する。「美濃の風向きが変わった象徴が酒井さんの受賞。フェスは美濃にとって正に開国だった」と称賛する。

 芸術性の高い作品の数々に、フェスを支える産業界からは当初、「商品開発の参考にならない」との批判も出たが、応援する人たちもいた。「商社の街、多治見は変化していける土壌があった」。30年以上続くフェスは、世界の陶芸展の中でも作品の質の高さで知られる存在になった。

 酒井は今も新たな形や「かいらぎ」の表情を追い求め、藍色志野を作り続ける。「自分の表現を見つけ、新しい価値観をつくるのが作家の仕事」と力を込める。酒井は願う。「頑張っている人の力になれるようなフェスティバルであり続けてほしい」(文中敬称略)

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 陶磁器の里として長い歴史を紡いできた東濃、可児。この地域をセラミックバレーとして世界に発信しようという機運が盛り上がりつつある。美濃焼を巡る多種多様な営みを見つめる年間連載の第1部では、国際陶磁器フェスティバル美濃を足掛かりに、さらに飛躍する地域の姿を追う。(片岡典子)

セラミックバレー美濃

 美濃焼の生産地として歴史がある多治見、土岐、瑞浪、可児の4市が、前回2017年の国際陶磁器フェスティバル美濃を契機に作った地域呼称。地域の一体感醸成や陶磁器産業の活性化、観光振興に役立てることを目指す。


国際陶磁器フェスティバル美濃

 多治見、土岐、瑞浪、可児の4市内で、ほぼ3年に1度開催される陶磁器の祭典。1986年に始まり、近年は約1カ月にわたってメインイベントのコンペティション「国際陶磁器展美濃」や企画展など多くの関連事業がある。12回目となる次回は今秋開催予定だったが、新型コロナウイルス感染症の影響で来年9月17日からの開催に延期となった。