第1部(1)辞任覚悟の渡米【二つの危機】

2014年3月4日 05:00
トヨタ自動車創業者・豊田喜一郎への思いを語る豊田章男社長。背景の絵には、豊田佐吉(右上)と喜一郎が描かれている=東京都文京区のトヨタ東京本社で

トヨタ自動車創業者・豊田喜一郎への思いを語る豊田章男社長。背景の絵には、豊田佐吉(右上)と喜一郎が描かれている=東京都文京区のトヨタ東京本社で

 愛知県豊田市郊外にある鞍(くら)ケ池のほとりにトヨタ自動車創業者、豊田喜一郎が住んだ洋館が立つ。2011年2月下旬、ツタが絡むバルコニーが見下ろすその庭に、社長の豊田章男と、日米の幹部ら十数人が「トヨタ再出発の日」の記念植樹に集まっていた。

 豊田佐吉生誕の地である静岡県湖西市名産の花コデマリ、花言葉で「安心」を表すアザミ、「逆境の克服」を意味する野バラ。その3種の花の真ん中に、1本の桜の苗木が植えられた。

 桜は、はかなく散る。章男はこの桜に、10年に大規模リコール(無料の回収・修理)問題で米議会の公聴会に呼び出された際の「孤独感」を込めていた。当時をあらためて思い起こし「あの危機を風化させない」と誓った。

 植樹のちょうど1年前。章男は米下院監視・政府改革委員会が開く公聴会の証人席にいた。トヨタ車に対し米世論に渦巻いていたのは「勝手に加速する」「ブレーキを踏んでも止まらない」という恐怖と疑念。十重二十重のカメラに囲まれ、3時間半にわたる尋問にさらされた。

 公聴会に向け名古屋をたったのは5日前。機中で「社長、終わっちゃったな」と自らに語りかけた。14年ぶりに創業家出身の社長となり「大政奉還」といわれた就任から8カ月。「1年、持たなかったか」と無念さに襲われる。

 祖父の喜一郎も、終戦後の経営危機で1500人も解雇する責任を取り辞任している。図らずも同じ試練に立たされることになろうとは。(敬称略)

     ◇
 世界の自動車メーカーで初めて年間生産1000万台を記録し、2013年度に過去最高の利益を見込むトヨタ自動車。だが、4年前には世界規模のリコールに見舞われ、戦後間もなくの労働争議以来の窮地に立っていた。2度の存亡の機を乗り越え、世界の頂点に立つトヨタの原点をたどる。

「会社守る」祖父のように

社長を辞した後の1951年冬、名古屋・八事の自宅から出かける豊田喜一郎(トヨタ自動車提供)

社長を辞した後の1951年冬、名古屋・八事の自宅から出かける豊田喜一郎(トヨタ自動車提供)

 2009年8月下旬、米カリフォルニア州南部サンディエゴ郊外で、非番の警察官が運転するトヨタ自動車高級ブランド「レクサス」セダンが高速で制御不能に陥り、車内の4人が死亡。この事故に端を発し、トヨタは米国を中心に相次ぐ大規模リコールに追い込まれる。

 対象は全世界で延べ1000万台以上と、トヨタの年間生産量に匹敵する規模に上った。主力市場の米国で「欠陥隠し」の疑惑報道も広がり、トヨタのブランド力は地に落ちた。

 当時、トヨタ副社長だった会長の内山田竹志(67)は10年1月、出張先の米デトロイトでリコールの深刻さを思い知った。ホテルでどのチャンネルを回しても「トヨタ車が暴走した」「トヨタは重大な欠陥を隠している」と批判一色。「下手したら会社がつぶれる」と危機感を高めた。

 内山田の父は3代目クラウンの主査を務めた技術者で、トヨタが倒産寸前まで追い込まれた1950(昭和25)年の労働争議を経験している。当時を知る母は、広がるばかりのリコールに「労働争議みたいにしてはいけないよ」と心配を口にしていた。

 2010年2月、米下院の公聴会に呼び出された社長の豊田章男は「サンドバッグのようにたたかれる」と覚悟しつつ、証言に自分なりのルールを決める。

 まず「だれのせいにもせず、私が謝罪しよう」。「のろま」とか「対応が遅い」という批判も、甘んじて受ける。

 ただし「うそつき」とか「ごまかし」という決めつけには、徹底的に戦う。自分が社長を辞めたとしても、トヨタという会社が「うそつき」にされたら、「全世界33万人の従業員とその家族はやってられない」という思いだった。

 トヨタ創業者で祖父の喜一郎は、社が存続の危機に立った労働争議の幕引きと引き換えに社長を辞した。章男も公聴会で「最終責任者」として矢面に立った。一言一言に社の命運がかかる緊張の公聴会を乗り切ると、直後に現地のトヨタ車販売店らが開いてくれた激励集会で感謝の涙を流す。

 結果的に社長を辞める事態にはならず、米国での販売も回復したが、「『会社を終わらせない』という気持ちでは、喜一郎と同じだったと思う」と当時を振り返る。

 章男の父でトヨタ名誉会長の章一郎(89)は、日本の本社で夜を徹し、公聴会のテレビ中継を見守った。「おまえが謝っているのを見ていたら、トヨタに関わる人みんなが、現在過去未来を含めて、謝っているように聞こえた」と息子をねぎらった。

 章男は今年の公聴会4周年を、喜一郎の享年と同じ57歳で迎えた。会ったことのない「おじいちゃん」が、これまで以上に身近に感じる。

 「立ち上げたばかりの会社がこれから、という時に、さぞかし無念だったろう」。祖父はこの年齢から先を生きていない。章男は、本社敷地の喜一郎像や仏壇に手を合わせるとき、心の中でこう語りかける。「あなたのこれからの人生、私の体を使って思いを遂げてください」(敬称略)

トヨタの大規模リコール(無料の回収・修理)

米国を中心に2009年11月から10年2月にかけ、フロアマット関連やブレーキの不具合など、大別して3回実施。対象は全世界で延べ1000万台以上に上った。米国では「車が勝手に急加速する」とエンジンの電子制御システムの欠陥を疑う報道が過熱。議会は真相究明の公聴会を開き、下院は豊田章男社長、上院は内山田竹志、佐々木真一両副社長(当時)を日本から呼んだ。米航空宇宙局(NASA)も原因調査に加わり、米政府は11年2月に電子欠陥はないと「安全宣言」。一方で「不具合の報告を遅らせた」として計4880万ドル(当時のレートで約40億円)の制裁金を科した。米検察当局も「リコール隠し」の疑いで捜査を続行。トヨタ車で事故に遭ったという数百件の訴訟も係争中だ。