レース装備で身を固めた豊田章男社長

レース装備で身を固めた豊田章男社長

 自動運転の進化が問われそうな2017年。年明け5日、都内で開かれた業界の会合で、トヨタ自動車の豊田章男社長(60)は取り囲んだ記者を前に、お気に入りのフレーズを口にした。

 「数ある工業製品の中で『愛』が付くのは、愛車という表現がある車だけ。それは自動運転や無人運転になっても変えたくない」

 この言葉に呼び起こされた記憶がある。

 右隣の運転席で、つなぎのレーシングスーツに身を包み、ヘルメットをかぶった章男社長がハンドルを握っていた。アクセルをふかし、シフトレバーを巧みに操る。後輪を滑らせて向きを変えるドリフト走行で、助手席の筆者の体は右へ、左へと揺さぶられた。

 15年の晩秋、東京・お台場。急きょ開かれた記者向けの試乗会で、章男社長が小型スポーツ車「86(ハチロク)」を駆った。テストドライバーとしても、社内で一目置かれる腕前を目に焼き付けようと意気込んでいたが、経験したことのない体への衝撃でそれどころではなかった。ただ降り際に、それまで無言だった章男社長が発した言葉だけは鮮明に覚えている。

 「クルマってこういう乗り物なんだ」

 身体と一体化したマシンを操る楽しさ。どこまでも自由に移動する喜び。いくら技術が進化しても、人と車にそんな幸せな関係があることを忘れないでほしい-。伝えたかったのは、そんなことなのだろう。

 章男社長はハンドルを握る数時間前、自動運転開発に本腰を入れるため米国に人工知能の研究所を設けると発表していた。車から運転席がなくなるかもしれない未来への一歩を踏み出した直後、テレビカメラも録音機も回っていないドライバーズシートで発した短い言葉に、車に寄せる愛情が詰まっていた。(宮本隆彦)

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 章男社長がトヨタ自動車を率い、今年6月で丸8年。一挙手一投足は常に世の注目を集めるが、動静が伝わる機会は意外と少ない。担当記者が章男社長の素顔と、トヨタの今をつづる。(このコーナーは隔週で掲載します)